「港区の生活を普通だと思ってはいけない」――『実験思考 世の中、すべては実験』を読んで刺さった話

付箋を貼りながら本を読む様子 書評
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最近、『実験思考 世の中、すべては実験』という本を読んだ。

2019年に出たビジネス書らしいんだけど、著者の光本さんが自分の歩んできた道を振り返る自伝的な内容で、とにかく起業のネタが次から次へと出てくるのが読んでいて面白かった。

今回はその感想を、特に印象に残った部分を中心に書いておきたい。

付箋を貼りながら本を読む様子
写真はPexels提供

起業のネタに困ったことがない人の思考プロセス

読み始めてまず驚いたのが、光本さんが「起業のネタに困ったことはない」と語っているという点。

実際、本の中で紹介されるビジネスの数がとにかく多くて、なるほどこういう視点でものを見ているのかと唸らされる場面が何度もあった。

最初に手がけたのは、車を借りたい需要があるはずなのにレンタカー屋が少なすぎるという課題感から始めたサービスだったらしい。

今でいうカーシェアリングの発想なんだけど、時代を先取りしすぎて全然ヒットしなかったという。

今でこそ「空いている自分の車を誰かに貸す」というのは当たり前になりつつあるけど、当時は「自分の車を預けるなんて不安」「誰かの車に乗るなんてどうなんだ」という感覚がまだまだ強くて、レンタカーとは違うハードルがあったみたいだ。

このエピソードだけでも、アイデアが正しくてもタイミングが合わなければ全く広がらないんだなというのがよく分かる。

 

次に手がけたのが『STORES』というサービス。

自分の作ったものをネットで売りたいけれど、簡単にウェブストアを作れる時代じゃなかった頃に、そのニーズに応える形で立ち上げたらしい。

これがきっかけでZOZOの前沢さんと「面白いサービスだね」というつながりができて、ZOZOの傘下に入る流れになったという。

ただ、そこも結果的には円満に離れて、また新しいサービスを作るプロセスに移っていったというから、次々に動き続けるバイタリティがすごいなと素直に思った。

「性善説」で作るビジネスという発想――CASHの3.6億円エピソード

個人的にへえと思ったのが、次に立ち上げた『CASH』というサービスの話。

世の中の多くのサービスは「性悪説」で成り立っている、というのが本の中で語られていて、これが結構響いた。

身分保証をして、アカウント認証をして、パスワードをかけて……という何重ものセキュリティは、結局「100人のうち5人がよからぬことを考えている」という前提のもとで、その5人を締め出すことに全力を注いでいる仕組みなんだと。

言われてみれば確かにそうだなと思う。

 

それに対して光本さんは、「もっと性善説でサービスを提供してもいいんじゃないか」という発想でCASHを作った。

中古品を写真で撮って送るだけで、査定額を先に支払ってしまうというサービスで、物品は後から会社に送ってもらう仕組み。

実際に物が届くかどうかは分からないというリスクを抱えながらも、100人のうち95人はちゃんと届けてくれるだろうという前提でサービスを設計していたらしい。

スーツケースを引いて歩く親子
写真はPexels提供

ところがふたを開けてみたら、24時間で3.6億円分もの買い取り要請が殺到してしまって、倉庫も用意していないのに翌朝トラック3台分の荷物が届いてしまい、てんてこ舞いになったというエピソードが紹介されていた。

想定を超える反響に恐ろしくなって一度サービスを止めたというくだりを読んで、人を信じることを前提にビジネスを組み立てるというのはこういうことなんだなと、素直にすごいと思った。

ちなみにCASHは後にDMMに買収されて、そこから1年ほどでまた独立し、新しいサービスを実験的に作り続けているという。

「港区の生活を普通だと思ってはいけない」が一番刺さった

ここまでのエピソードも十分面白かったんだけど、私が読んでいて一番ぐさっときたのは、「港区の生活を普通だと思ってはいけない」という言葉だった。

 

本の中では、旅行に行きたい人や子どもをディズニーランドに連れて行ってあげたい親はたくさんいるという話が出てくる。

港区のような場所で暮らしていると、「1万円か2万円くらいで連れて行ってあげられるんだから、それくらいしてあげればいいのに」と思いがちだけど、地方に住んでいて生活が厳しい人からすれば、その1万円、2万円がそう簡単には出せない大金だったりする。

この対比を読んだとき、正直かなり刺さった。

 

自分もある程度余裕のある生活を送れていると、「1万円、2万円くらい経験として旅行に連れて行ってあげたらいいじゃん」と軽く考えてしまいがちだと思う。

でも実際には、その金額を工面できずに苦しんでいる人が世の中にはたくさんいる。

自分がそういう層と接する機会がないというだけで、その存在自体を頭から抜け落ちさせてしまっていたことに、読んでいて気づかされた。

自分の生活水準を無意識のうちに「普通」だと思い込んでしまう感覚は、誰にでも起こり得ることなんだろうなと思う。

 

この課題感から生まれたのが『TRAVEL Now(トラベルナウ)』というサービスで、旅行費用を後払いにできる仕組みらしい。

予約して旅行に行き、旅行が終わってから2ヶ月後に、上乗せした金額を支払うという形。

今この瞬間、大切な記念日に旅行に行きたいという願いを先に叶えてあげて、対価は後から受け取るという発想は、CASHの中古品買取と全く同じ構造で、ここでも「性善説をどこまで信じられるか」という軸でビジネスが組み立てられているのが印象的だった。

読んで残ったもの

光本さんは会社の売却で70億円という金額を手にしても、上流の生活をするのではなく、あくまで一般市民に近い生活レベルで過ごしていると語られていた。

そうやって大衆の実情に目線を合わせ続けることで、「こうだったらいいのに」という不便さの中からサービスの種を見つけているんだろうなと思う。

新しいビジネスを作るには大量のインプットが必要だと思われがちだけど、実際は「普通の生活の中にあるわずかな不便さや違和感」を突き詰めることの方が大事だという話も、読んでいてなるほどと思わされた。

 

この本自体、印刷代などの実費以外は払わなくてもいい(Kindle版は無料)という実験的な出版方法をとっていたらしいのも、その姿勢を体現していて面白いところだと思う。

医療検査のカジュアル化や、低価格な見守りセキュリティ、給料の先払いなど、他にも紹介されているアイデアはいろいろあったけど、私にとって一番残ったのは、やっぱり「自分が今いる場所の感覚を、世の中の普通だと思い込んではいけない」という一言だった。

自分の将来の夢とか、もし何か新しいことを始めるときには、この視点を忘れずにいたいなと思う。


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