この記事の内容は、YouTubeの動画でも聞く事が出来ます。忙しくてなかなか記事を読む時間がとれない人は、通勤時間や家事の合間に、耳で聞けるブログとしてラジオ感覚で聞いてもらえるとうれしいです。
「学力の8割は遺伝で決まるらしい」
こう聞いて、ちょっとザワッとしませんか。私はしました。子どもを持つ親としては、なかなか心穏やかではいられない話です。
この話は、岡田斗司夫さん本人のYouTubeチャンネルの解説動画で知りました。橘玲さんの著書『もっと言ってはいけない』を、岡田さんが「ここが面白い」と思ったポイントをかいつまんで解説してくれる、という内容です。
先に正直に書いておくと、私はこの本そのものはまだ読んでいません。なので、本の中で実際にどう書かれているのか、どんな根拠が示されているのかまでは分かりません。
今回の記事は「解説動画を見て、私がどう受け取ったか」の感想です。本の内容として書いている部分も、あくまで動画で紹介されていた範囲の話だと思って読んでもらえるとうれしいです。
子どものころは環境、大きくなると遺伝
動画の中心にあったのは「遺伝」の話でした。
10歳、20歳くらいまでの子どものうちは、成長に対する環境の影響がとても大きいそうです。だから子どもがいい学校に入れるかどうかは、環境の力によるところが大きい。ここはまあ、なんとなく想像がつきますよね。
ところが高校、大学と進んでいくと、今度は環境より遺伝の影響が大きくなっていく。動画では、学力はだいたい80%くらいが遺伝で決まっているらしい、と紹介されていました。
8割。けっこうな数字です。
ただ、こういう「遺伝率」の数字は、たくさんの人を比べたときに、学力の差のうちどれくらいが遺伝で説明できるか、という意味合いのものらしいです。「目の前の一人の子の学力が8割生まれつき決まっている」という話とは少し違うので、そこは頭の片隅に置いておきたいところです。
「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人」なんてことがありますが、あれは遺伝の面から見ても筋が通っている、という話でした。小さいころに環境に恵まれていた子でも、学力の面であまり強い遺伝を持っていなければ、最終的にはどこかで頭打ちになってしまう。そういうことらしいです。
性格は5割くらい。だから育て方を途中で切り替える
一方で、性格のほうは50%くらいが遺伝する、と紹介されていました。学力の8割と比べると、ずいぶん低い数字です。
ここから出てくるのが、育て方のシフトの話です。
幼いうちは環境の影響が大きいので、勉強に力を入れるのはコスパがいい。でも高校・大学くらいになったら、学力よりも性格や人間性のほうに目を向けた育て方に切り替えていくほうが理にかなっている。そっちを伸ばしていくほうが本当はいいよね、ということが本には書かれているみたいです。
これを聞いて、親としては正直、複雑な気持ちになりました。
「頑張れば何とかなる」と思っていたいのが親心です。それが8割は生まれ持ったもの、と言われると、ちょっと突き放されたような気分になるんですよね。
でも、少し時間をおいて考えてみると、逆に気が楽になる部分もありました。
小さいうちは環境を整えてあげることに意味がある。大きくなってからは、成績を上げることにばかりこだわらなくていい。むしろ人としてどう育っていくかのほうに目を向けていい。そう言ってもらえた気もしたんです。
もちろん、数字はあくまで動画で紹介されていたもので、私が自分で確かめたわけではありません。
それに遺伝の話は、受け取り方を間違えると「どうせ無理」というあきらめにもつながりかねない、デリケートな話だと思います。気になる方は、本を手に取って確かめるのがいちばんです。
ここからは岡田さん自身の話
ここから先は、本の内容とは直接関係ありません。本の話から広がって、岡田さんが自分なりの見解として語っていた部分です。
正直、私にはこっちのほうが刺さりました。
古代ローマの貴族と奴隷は、イメージと真逆だった?
古代ローマなどの貴族社会は、今の日本人がイメージする貴族社会とはまるで逆だったそうです。
実際に働いて忙しくしていたのは貴族のほう。奴隷はむしろ、お金を稼げない落ちぶれた人たちを、なんとか食べさせてあげている、という面のほうが強かった。岡田さんはそう話していました。
ローマの奴隷というと、戦争の捕虜が過酷な労働をさせられていたイメージが一般的だと思います。なので、これはあくまで岡田さんの見方で、ひとつの説として聞いておくくらいがよさそうです。
「奴隷を働かせて、貴族はふんぞり返っている」
私が持っていたのは完全にこのイメージだったので、へえ、そうなんだ、と思いました。
ここからは私の勝手な想像です。日本人がそういうイメージを持ちやすいのは、戦国時代の足軽みたいに、農民が戦のたびに駆り出されて使い捨てにされた、という歴史があるからじゃないかなと感じました。
強い者が弱い者を顎で使う、というのは日本の文化的な背景からくるイメージで、本来の歴史とはズレているのかもしれません。
現代の奴隷制はベーシックインカム
その前提を置いたうえで、岡田さんは「現代の奴隷制とは何か」という話をしていました。答えは、ベーシックインカムだそうです。
ベーシックインカムで最低限のお金がもらえるなら、貯金をする必要もない。今あるお金は今使ってしまおう、という刹那的な消費で社会を回していく層が生まれる。
一方で、自分で働いて、さらに多くのお金やステータスを手に入れる層もいる。こちらが貴族的な立ち位置になって、両者のあいだに格差ができていく。つまり、日本の中に貴族と奴隷のような関係ができあがっていく、という話でした。
良い悪いは別として、そういう社会はこれから先、本当に起こりうるんだろうなと思います。
で、ここで考えさせられたのが、この話を聞いたときの私たちの反応です。
毎月決まったお金がもらえて、働いても働かなくてもいい。そう聞いたら「え、そっちのほうがいいじゃん」と思ってしまう人、多いと思うんです。
その感覚そのものが、今の疲れた社会を表しているような気がしました。
本来、働くことは自己実現のひとつで、自分をどう表現するのか、社会の中でどんな役割を担うのかを形にしていくものだと私は思っています。でも今は、働いて、社会の歯車として一生を終えるのが当たり前になってしまった。
だから、昔の奴隷と同じように、ただ与えられて生かされているだけの立場になっても「楽でいいじゃん」と感じてしまう。ちょっとした現代の闇みたいなものを見た気がします。
老後のお金に備えようとこのブログを書いている身としても、他人事ではない話でした。

不幸と幸福は表裏一体
動画の中で、幸福と不幸についての話もちらっと出てきました。ここはとくに印象に残っています。
苦労することは不幸ではない。苦労も何もなければ、平坦で、感動もない毎日がただ過ぎていくだけ。それこそつまらない人生だ、という話です。
不幸は、人生のハードルのようなもの。いつもどこかに生まれてくる。そして、それを乗り越えたときに達成感という幸福を感じる。
不幸があるからこそ幸福を感じられるし、幸福を感じるには不幸が必要。だから「不幸が多い人生」「幸福が多い人生」と分けて考えるのは極端で、結局は不幸をどう捉えるか次第なんだそうです。
ハードルとして前向きに受け止めるのか。それとも打ちのめされて、乗り越えようとしないまま流されていくのか。後者だと、ただただ不幸な人生になってしまう。
不幸は人生に必要なスパイス。確かにそうだなあ、と素直にうなずいてしまいました。
不幸の中にも、突き詰めると面白いことがある
岡田さんはさらにもう一歩踏み込んでいました。
不幸の中でも、もう一歩突き詰めていくと、絶対に面白いことがある。どんなに大変な仕事や出来事でも、その中に面白がる視点を持ち込んで「ここ、面白いじゃん」というところを見つける。その楽しむことこそが、不幸のいちばんの乗り越え方なんだ、と。
人生を楽しめれば、生きたもん勝ち。生きているだけで勝ち組なんだよね、という話でした。
会社員をやっていると、面白がる余裕なんてない日もありますよね。それでも、しんどい仕事の中に一つくらい「ここはちょっと面白いかも」という部分を探してみる。それだけで少し景色が変わるのかもしれません。
自分の「ブレ」を真ん中に置く
最後に、面白がり方そのものについての話も印象的でした。
よくある批評家や評論家の語り方は「一般大衆はこうですよね。でも私はこう思うんですけどね」というように、自分の意見をサイドストーリーとしてくっつける形になりがちだそうです。
岡田さんの話が面白いと感じてもらえるのは、そうではなく、自分の中の「ブレている部分」を真ん中に置いているから。
つまり、自分がものすごく面白いと思ったところだけを抜き出して、「こういう実例があってね」「この部分でこう表現されているでしょ?これはここの伏線なんですよ。だから面白いよね」と、そこを補強する形で話している。だから聞いている側も「ああ、岡田さんっぽい話だな」と感じるんだそうです。
自分の中のブレをなるべく消そうとする評価ではなく、ブレているところを中心に置くから、その人らしさが出てくる。
これ、評論家だけの話じゃないと思うんです。
仕事でも、ブログのような文章でも、つい「世間的にはこう言われていて」と無難なところから入りたくなるものですよね。でも人の心に残るのは、たぶんその人が個人的に「ここが好き」「ここが引っかかる」と思ったところのほうです。この記事も、本の要約というより、私がザワッとしたところや考えさせられたところを中心に書いてみました。
自分のブレを自覚して、うまく付き合っていく。そうすると、その人ならではの面白さや味わいが出てくる。自分の中のズレや評価の軸って何なんだろう、と一度見つめ直してみるのは、大事なことかもしれません。
遺伝の話から始まって、奴隷制、幸福論、最後は面白がり方まで。一本の動画でずいぶん遠くまで連れていかれました。
学力の8割が遺伝だとしても、何を面白がるかは自分で選べる。今のところ、私はそう受け取っています。本を読んだら、また印象が変わるのかもしれませんけどね。

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